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「放送禁止」「発売禁止」という語のヤバさ

フタコノオト|二子玉川 「パブリッシャーコラム」2012年6月21日より

不思議な事への興味、とりわけ「恐い」ものへの好奇心は、まるで人類の永遠の友達であるかのように、ずっと私たちのそばにあった。怪談、お化け屋敷、そして芝居や映画など、恐さを楽しさに変え、娯楽文化としての確固たる位置を与えてもきた。
近年の「都市伝説」ブームも、科学の常識外の不思議さに、「恐さ」というスパイスを少々ふりかけ人々の好奇心をくすぐる。
恐くて楽しい。勝手に造語にすると「恐楽しい」だ。
都市伝説が広がる時、間違いなく「恐い」方へ話が変わっていくのも、その方が楽しいからだ。

放送禁止」「発売禁止」…

本来ならば、この両語が使われる時、それは、日本国憲法が高らかにうたう「自由」…とりわけ「表現の自由」とは何か。が、常に根底になければならない。せめて、「何に、どう反していて、誰が、禁止しているのか」は感じ取れなければならない。それは(5W1H)というような、表記ルールの事ではなく、伝え手の「意識」と「意志」の問題である。

「法的に使用が禁止されている言葉は無い」
「営利企業としてのメディアの自己防衛」


原点とも言えるこの事実が、なぜ、こんなにも触れられず、
秘密をかくすかのように、つかみどころのないヴェールにくるまれてしまうのだろうか。
誰が誰に=テレビ・ラジオのメディアが、民間団体などの指摘または自主規制で、楽曲の放送を禁止する。
誰が誰に=レコード会社・出版社等が、民間団体などの指摘を受け、 発売(発行)を禁止する。
のであり、人権や著作権の関係で裁判に掛かった場合とわいせつ性を除き、法は関係がない。 もちろん本や音楽に違法性はない。

(下に続く)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先日の朝日新聞文化欄に「放送禁止歌手いままた脚光」という記事が掲載された(写真)。
政治的な限界は、あまりにも明らかな新聞メディアだが、
新聞の得意分野と思っていた「文化」面の限界さえも、こんなにも低いのか……

70年代に、自分の曲が「放送禁止」「発売禁止」になった山平和彦という歌手が最近注目されている
という内容だが、「放送禁止」「発売禁止」の理不尽さが、全くわからない。

さらに、何の説明もなく「発禁」という言葉を使っているが、
「発禁」の二文字は、単なる「発売(発行)禁止」の略語ではない。
思想弾圧の歴史として、言論統制・「知」に対する禁圧の象徴だ。
「発禁」を使うなら、その説明は絶対あるべきだ。

もうひとつ。上部に「放送禁止歌」「月経」「大島節」の3作の歌詞抜粋が載っているが
あたかも、掲載部分が「禁止」の理由のように思わせるが、全く違う。
掲載部は最初の2~3行であって、肝心の「禁止」の原因になった部分ではない。
理由は、朝日新聞の「自主規制」に引っ掛かっているからだと推測するが 、
ならば、「該当部分は掲載できない」と書いてもらった方が筋が通る。
実は、ここにこそ「放送禁止」「発売禁止」の悪しき温床が隠れていて、メディアの大きな自己矛盾がある。

ちなみに、「放送禁止」「発売禁止」は、同義語のように見えるが、
一度は発売されている「放送禁止」と、入手の道が断たれた「発売禁止」では、
自ずと重みが違う。(もっとも「放送禁止」になると、増販しないので、いずれにしても入手が困難にはなるが。)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

今、「放送禁止」という語が人々の会話に現れるとき、「恐楽しい」響きがある。
「ヤバさ」は、単なる「刺激」。
バラエティ録画番組では「ピー音」 は、演出でしかない。

いや、演出を掛けて娯楽的にしている方が、まだいいかもしれない。
ニュース番組では、CM開けに、いきなり司会者が
「先ほど、不適切な表現がございました。お詫び申し上げます。」と、唐突に言う。
何がどこが不適切だったかは、言わないままだ。勝手に謝られても困る。

ニュース番組の「お詫び」は、顔がまじめなだけに余計不気味さが残る。
「禁止」だけが「ヤバいもの」として、クローズアップされ
いったい何が「ヤバい」 のかは視聴者は知らないまま。

表現の最も大事なことが、真贋不明の「都市伝説」になりかねない。
いや、もはやメディアには 「都市伝説」程度の扱いにしかなっていないのかもしれない。



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  1. まとめwoネタ速neo

    2012-06-23 (Sat) 14:23

    フタコノオト|二子玉川 「パブリッシャーコラム」2012年6月21日より不思議な事への興味、とりわけ「恐い」ものへの好奇心は、まるで人類の永遠の友達であるかのように、ずっと私たちのそばにあった。怪談、お化け屋敷、そして芝居や映画など、恐さを楽しさに変え、娯楽?...

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